マレーシアのルーズさと日本の息苦しさ。

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先日、マレーシアの郵便制度のことを書きましたが、
郵便がきちんと届かないという類いの話しは、
マレーシアのような中進国だけでなく、先進諸国でもよく耳にします。
10年以上前の本ですが、小説家の村上春樹さんが『遠い太鼓』(ご自身のヨーロッパ滞在記)の中でイタリアの郵便事情がいかに信用ならんかということを書いていました。送ったものが届かないことがよくある、と。
それを読んだとき僕は、「そんなことで社会や仕事がきちんと回っていくんだろうか」といぶかしく思ったものでしたが、
今まさにその、郵便だけでなくあらゆることがルーズな社会で暮らしてみて、「社会っていうのは、日本人が考えているほどきちっとしなくてもそれなりに回っていくんだな」と実感しています。

 

「あらゆることがルーズ」なんていうとマレーシアやマレーシアの人々に失礼ですが、
でも今僕は、この「ルーズさ」、というかその根本にある「緩さ」というものを素晴らしいなと思っています。

というのも、
今の日本は、個人と個人の関係にしても、企業と消費者の関係にしても、お互いに求めるものが高くなりすぎて、皆で無意識に首を締め合っているように見えるからです。仕事の場面では、顧客から隅々まで行き届いたサービスを求められ、そしてそれに応えようと神経をすり減らし、社内での人間関係でもお互いに気持ちよく働けるようにということで自分を押し殺して周囲に気を配り、そしてオフの時間では仕事で疲れた心身をいやすために、消費者の立場として企業に対して行き届いたサービスを求める、、、 これがぐるぐるとまわり、日本のサービス等の質は確かにあがっていくけれど、結果、息がつまるようなストレス社会になっていく、、、
この循環が日本の商品の質を上げ、世界の経済大国に押し上げたのでしょうけれども、それが個人の幸せの実感につながっていないこともまた事実。

郵便がきちんと届かないのは困りますが、日本もお互いにもう少し緩くてもいいのにと思います。

以上、まだマレーシアのルーズさに本当に苦しめられたことのない滞在2ヶ月目熊木の雑感でした。

 

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下の写真は、国立動物園 Zoo Negra での一枚。先週行ってきました。
入園料だけで家族4人で140RMもかかりましたが、「夢を食べる動物」バクがみれたり、フラミンゴが放し飼いされている池の周りを散歩できたり、個人的にはお気に入りの動物園になりました(^^)

 


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